徳田虎雄氏の略歴


昭和13年(1938)

2月17日、兵庫県高砂市にて誕生(父・徳千代、母・マツ)

昭和15年(1940)

両親の故郷、徳之島の亀津村(翌年亀津町、昭和33年徳之島町となる)へ転居

昭和19年(1944)

亀徳尋常小学校(昭和23年亀徳小学校に改称)に入学

昭和22年(1947)

3歳の弟・豊秀の死により、医師になることを決意

昭和25年(1950)

亀津第一中学校(昭和32年亀津中学校に)に入学

昭和28年(1953)

徳之島高校(同年12月25日の奄美群島日本復帰で鹿児島県立徳之島高校)に入学

昭和29年(1954)

蓄膿症の治療で大阪大学病院に行き、大阪大学医学部を目指すことを決意

昭和30年(1955)

大阪府立今宮高校の2年生に編入

昭和34年(1959)

大阪大学医学部に合格

夏休みに秀子と結婚

昭和40年(1965)

大阪大学医学部を卒業

昭和41年(1966)

大阪大学病院第二外科に入局、その後、大阪府の公立病院に勤務

昭和48年(1973)

1月5日、徳田病院(現・松原徳洲会病院)を開設(大阪府松原市)

昭和50年(1975)

医療法人徳洲会を設立

野崎病院(現・野崎徳洲会病院)を開設(大阪府大東市)

昭和52年(1977)

岸和田徳洲会病院を開設(大阪府岸和田市)

昭和53年(1978)

八尾徳洲会病院(現・八尾徳洲会総合病院)を開設(大阪府八尾市)

昭和54年(1979)

南部徳洲会病院を開設(沖縄県八重瀬町)

著書「生命だけは平等だ」(光文社)発刊

福岡徳洲会病院を開設(福岡県春日市)

宇治徳洲会病院を開設(京都府宇治市)

昭和55年(1980)

茅ヶ崎徳洲会病院を開設(神奈川県茅ヶ崎市)

著書「知らなかった救急法」(経済界)発刊

昭和56年(1981)

大和徳洲会病院を開設(神奈川県大和市)

昭和57年(1982)

著書「頭の悪い奴が成功する」(祥伝社)発刊

著書「わが医療革命」(サンケイ出版)発刊

昭和58年(1983)

札幌徳洲会病院を開設(北海道札幌市)

羽生総合病院を開設(埼玉県羽生市)

衆議院議員総選挙に奄美群島区から出馬するも落選

昭和59年(1984)

中国で開かれた中日友好病院(北京市)開院式に参列

昭和60年(1985)

著書「ゼロからの出発」(講談社)発刊

漫画「トラオがゆく」(潮流出版)発刊

昭和61年(1986)

札幌東徳洲会病院を開設(北海道札幌市)

仙台徳洲会病院を開設(宮城県仙台市)

著書「わが語録―真実を求めて 生か死か!!」(海風社)発刊

神戸徳洲会病院を開設(兵庫県神戸市)

垂水徳洲会病院を開設(鹿児島県垂水市)

名古屋徳洲会病院(現・名古屋徳洲会総合病院)を開設(愛知県春日井市)

千葉徳洲会病院を開設(千葉県船橋市)

衆議院議員総選挙に奄美群島区から再出馬するも落選

フィリピンを訪問

徳之島徳洲会病院を開設(鹿児島県徳之島町)

長崎北徳洲会病院を開設(長崎県長崎市)

昭和62年(1987)

フィリピンを訪問

鹿児島徳洲会病院開設(鹿児島県鹿児島市)

ソビエト連邦(ロシア)を訪問

昭和63年(1988)

中部徳洲会病院を開設(沖縄県沖縄市)

大隅鹿屋徳洲会病院(現・大隅鹿屋病院)を開設(鹿児島県鹿屋市)

湘南鎌倉病院(現・湘南鎌倉総合病院)を開設(神奈川県鎌倉市)

平成2年(1990)

衆議院議員総選挙に奄美群島区から出馬し初当選

千葉西病院(現・千葉西総合病院)を開設(千葉県松戸市)

沖永良部徳洲会病院を開設(鹿児島県知名町)

静内病院を開設(北海道新ひだか町)

平成3年(1991)

サイクロン被害を受けたバングラデシュへ救援物資を支援

喜界徳洲会病院を開設(鹿児島県喜界町)

庄内余目病院を開設(山形県庄内町)

平成5年(1993)

衆議院議員総選挙に鹿児島1区から出馬し再当選

平成6年(1994)

著書「成功の哲学」(徳田虎雄の出版を支援する会)発刊

アメリカの医療を視察

名瀬病院(現・名瀬徳洲会病院)を開設(鹿児島県奄美市)

平成7年(1995)

村山改造内閣の沖縄開発政務次官に就任

平成8年(1996)

札幌南青洲病院を開設(北海道札幌市)

与論病院(現・与論徳洲会病院)を開設(鹿児島県与論町)

川南病院を開設(宮崎県川南町)

横山国際奨学財団(現・徳洲会国際奨学財団)の理事長に就任

日本体操協会の会長に就任

衆議院議員総選挙に鹿児島2区から出馬するも落選

平成9年(1997)

中沢病院を開設(千葉県富里市)

屋久島徳洲会病院を開設(鹿児島県屋久島町)

二日市病院(現・二日市徳洲会病院)を開設(福岡県筑紫野市)

弘生会病院(現・東大阪徳洲会病院)を開設(大阪府東大阪市)

アメリカと東欧諸国を訪問、ポーランドのワレサ前大統領らと会談

漫画「明日はいい日だ」(道出版)発刊

平成10年(1998)

山北徳洲会病院を開設(新潟県山北町)

大和青洲病院を開設(神奈川県大和市)

ロシアと中国を訪問、ロシアのゴルバチョフ前大統領らと会談

笠利病院を開設(鹿児島県奄美市)

徳洲会体操クラブを創設

著書「贈り物をもらわない医者」(カッパブックス)発刊

フィリピン、ブルガリアを訪問

新庄徳洲会病院を開設(山形県新庄市)

平成11年(1999)

台湾大地震にTDMAT(徳洲会災害医療協力隊)を派遣

瀬戸内徳洲会病院を開設(鹿児島県瀬戸内町)

平成12年(2000)

葉山ハートセンターを開設(神奈川県葉山町)

四日市青洲病院(現・四日市徳洲会病院)を開設(三重県四日市市)

衆議院議員総選挙に鹿児島2区から出馬し当選

共愛会病院を開設(北海道函館市)

ポーランド、ブルガリア、イスラエルを訪問

新居浜青洲病院を開設(愛媛県新居浜市)

フィリピンを訪問し戦没者の慰霊祭を主催

TBSの討論番組「ここがヘンだよ日本人」に出演

皆野病院を開設(埼玉県皆野町)

平成13年(2001)

NHKの討論番組「日曜討論」に出演

アメリカ、ブルガリア、台湾を訪問

三和記念病院(現・古河病院)を開設(茨城県古河市)

宮古島徳洲会病院を開設(沖縄県宮古島市)

帯広徳洲会病院を開設(北海道音更町)

白根徳洲会病院を開設(山梨県南アルプス市)

イギリス、ブルガリア、フランスを訪問

平成14年(2002)

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の診断を受ける

中国、フィリピンを訪問

日野病院を開設(神奈川県横浜市)

ブルガリア、ユーゴスラビア(セルビア)、トルコ、ブルガリア、ロシア、スウェーデン、オーストリアを歴訪

岸和田徳洲会病院(大阪府岸和田市)を新築移転

フィリピンの慰霊祭に出席、モンゴルを訪問

平成15年(2003)

バングラデシュ、フィリピン、ポーランド、セルビア、ルーマニア、スウェーデン、ロシア、ウクライナを歴訪

高砂西部病院を開設(兵庫県高砂市)

近江草津病院(現・近江草津徳洲会病院)を開設(滋賀県草津市)

衆議院議員総選挙に鹿児島2区から出馬し連続当選

奄美群島日本復帰50周年の記念式典に出席

平成16年(2004)

宇和島徳洲会病院を開設(愛媛県宇和島市)

石垣島徳洲会病院を開設(沖縄県石垣市)

山形徳洲会病院を開設(山形県山形市)

インドネシアのスマトラ島沖地震台にTDMAT(徳洲会災害医療協力隊)を派遣

平成17年(2005)

気管切開手術を受け人工呼吸器装着

静岡徳洲会病院を開設(静岡県静岡市)

館山病院を開設(千葉県館山市)

特定非営利活動法人TMAT(徳洲会医療協力隊)を創立

三和記念病院を古河病院として新築移転(茨城県古河市)

政界引退を表明

東京西徳洲会病院を開設(東京都昭島市)

湘南厚木病院を開設(神奈川県厚木市)

四街道徳洲会病院を開設(千葉県四街道市)

徳之島町より名誉町民の称号を授与される

平成18年(2006)

出雲徳洲会病院を開設(島根県出雲市)

タイに徳田看護学校を開設

ジャワ島中部地震にTMATを派遣

株式会社未来医療研究センター設立(東京都千代田区)

山川病院を開設(鹿児島県指宿市)

日本ALS協会設立20周年記念式典に出席

ソフィア徳田病院を開設(ブルガリア・ソフィア市)

平成19年(2007)

著書「生きる力」(PHP研究所)発刊

徳洲会スポーツセンターかまくらを開設(神奈川県鎌倉市)

南部徳洲会病院(沖縄県八重瀬町)を新築移転

鎌ヶ谷総合病院を開設(千葉県鎌ケ谷市)

著書「生命だけは平等だ。」(PHP研究所)発刊

弘生会病院(現・東大阪徳洲会病院)を新築移転(大阪府東大阪市)

平成20年(2008)

大垣徳洲会病院を開設(岐阜県大垣市)

八尾徳洲会総合病院(大阪府八尾市)を新築移転

平成22年(2010)

榛原総合病院(静岡県牧之原市)の指定管理者に

湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)を新築移転

平成24年(2012)

札幌徳洲会病院(北海道札幌市)を新築移転

茅ヶ崎徳洲会総合病院を湘南藤沢徳洲会病院として新築移転(神奈川県藤沢市)

平成25年(2013)

10月20日、医療法人徳洲会の理事長を退任